私でも恥ずかしい

2012.5.18

アレックス夫妻のおみやげ 王室御用マーク入りの傘を 荒れ模様の天気予報を聞いて 用意

大風と雨は幸い屋内にいた時過ぎて行ったが その後 強い日差しに 開いてビックリ 思わず深く 顔を中に隠して歩くことになった。

5月18日 

(さらに…)

東京一日観光

2012.5.16

イギリスで財をなした人や引退した人たちがよい景色の中でゆったりとした後半人生を過ごすために移り住む という湖水地方

Higham Hall カレッジの建物の周囲にも緑と水のなかに羊しかいない 

知的水準が高く年輩の割には元気いっぱい 興味津津のグループに対して3人の気が働く知人とマイクロバスを準備

そして 団扇四本

就職が決まったKちゃんに明治神宮について車内で説明してもらう

六本木ヒルズ 日本橋 三越、稲荷町の東京松屋さんで準備して下さったお稲荷さんとタイ焼きが大好評、江戸唐紙に感激した後浅草でゆっくりする というコースは 素晴らしいお天気の中でめでたく終了となりました

三越の天女が良い集合場所となり たまたま染色展覧会をやっていたこともあり全員が満足するものが館内にあり 成功 

団扇を振りかざしながら大声で1670年からのお店と説明したのが強い印象を与えたらしい

日本の歴史が外国においての我らの強い味方 私たちが唯一持っている武器 ということを長年実感している。

5月16日 

(さらに…)

ハイアムホール カレッジの皆さんと

2012.5.13

イギリス湖水地方のハイアムホール カレッジの関係者13人を一日京都観光に
私は仁和寺を訪れるのは初めて
平経正が琵琶の名器青山を法親王に返しに来たのがここなのだ と感激を新たにした。
宿坊に泊まった皆は 朝6時の御勤めに参加したとか
次に訪ねた金閣寺で 今まで安易で美しくない姿 と思っていた 折畳み傘を旗代わりに目印として掲げて歩くガイドさんと同じことをしている自分に気づく
興味を持つところでバラバラに立ち止まってしまう人達をまとめて歩くのはなかなか大変で 私の大声が役に立つ
二年前お孫さんがハイアムホールに滞在したので大仙院のご家族が歓待してくださる
大和尚様もとてもお元気で嬉しい
写真は 皆一緒に   5月12日

(さらに…)

疲れました  疲れました

2012.5.8

“ハイアムホールの皆さんがさっきから待っていますよ。早く行ってあげてください。”と旅行関係者の方に言われ あわてて鉄製階段を雨の中あがっていたら 急な風に持っていた手提げからいろいろなものが飛び散って ”ああどうしよう ああどうしよう”  
でも 頭の中で 大事な展覧会用作品候補は 確かナイロンの袋に入っていたから最悪の状態にはなっていない と思っている
この詳しく長い夢で 一挙に疲れが出てしまった今朝の寝覚めでした。明日何か元気の出る美味しいものをいただかなくては
写真は今年の牡丹です。
5月8日

(さらに…)

しだれ桜

2012.4.16

太田に戻る前に足利のしだれ桜を

低い山を背景に 建てた頃はきれいと思っていたであろうペンキのあせた家々を空想で除いてしまえば日本画の題材そのまま

木造家屋なら廃屋でも 又 石垣等なら違和感はないのだろうけれど

あこがれの 文化住宅 というのが曲者だったのだ

4月16日  

(さらに…)

オール学習院

2012.4.15

太田でのクラスをお願いして何年ぶりかで午前中の小山観翁先生の講演会に出席

足元は弱っていらっしゃるが頭脳明晰で興味深い話が次々と

仮名手本と元禄と二種の忠臣蔵があるが 歌舞伎入門の人はそのどちらが好きかで長いファンになるかどうかが解る とおっしゃる。

解ります 解ります このお話

学生時代 先生が ”芝居の中で不合理なことがたくさん起こるが どうして?” とクラブの師匠をお願いしていた役者さんに伺うと ”何事も そこが芝居でさあ” と言われるのが常だったとのこと 

“大切なのは ’芸’ を見ることなのだ” と 小山先生に教えていただく。

手っとり早い成果を求める コセコセした手合いには理解できない オバカな世界なのかも知れない

4月15日  

(さらに…)

新日本フィルの定期演奏会

2012.4.13

トリフォニーでの年間座席は例年前なので楽団員の方たちの表情を見るのを楽しんでいるが 今日は舞台全体が曲に合わせ波打っている様子が新鮮に見えた。

演奏者が大柄で手の中の楽器がおもちゃのように見える。

弾く合間合間にヴァイオリンを裏返したり 眼でいとおしんでいるようだったが 後でパンフレットでそれが1676年製のものと知る。

4月13日  

法印問答

2012.4.13

平清盛が子重盛に先立たれた悲しみを 後白河法皇がないがしろにしたと憤る場面

悲しみ 怒りを一つ一つ投げかける聞かせどころ

原典そのままに演じても役者さんによって違うのが それを聞く人の楽しみ

以前映画の中の第九に友人も私も それまでなかったような感激を覚えたことを物の解った方に言うと

“先生 それは 耳が良いのです。 歴史に残る名演をその映画に入れたのです。” という返事が返ってきたことを思い出す。

4月13日  

素晴らしい表具の作品

2012.4.13

東京松屋さんが 現代の紙表装の最高 という表具をして私の作品をリッツカールトン45階 禄 店へ数点納めて下さった。

皆さまどうぞお近くにいらっしゃいましたらお立ち寄りくださいまし

4月13日  

(さらに…)

川内優輝選手激励会

2012.4.8

学習院大学の入学式当日だったので 校内には嬉しい顔が一杯

桜も七分咲きでぴったり

陸上部 埼玉桜友会 の方が開いた会

入学式が八つで大忙し と院長先生 学長先生はおっしゃりながら お疲れのところ ずっと 会場にいらして下さる。

川内選手は 20キロマラソンを走った後 すぐ帰ると学習院は と言われるといけないので 質問に答えていたら少し遅れた とか 早口でたくさんのことを よどみなくスピーチする。 スッキリしたとても良い感じの青年。

集まった年上の人たちの方が 激励していただいた感 あり

 4月8日

(さらに…)

ウクライナ大使ご夫妻に招待され王子ホールへ

2012.4.7

聞きながらずっと 周囲で亡くなられた方たちのことを想っていた。説得力があり 今までで一番心に浸み入るアヴェ マリア だった。

久しぶりにオレナさんにお会いできて嬉しかった。

前にも書いたかもしれないが オレナさんが初めて書のクラスにいらした時 昭憲皇太后さまの 筆写人心 という御歌 ”ひとくだり かきたる筆の あとにさへ みゆるは人の こころなりけり”

に感銘を受け 書を習いたいと思った と伺い 驚ろき 何と良い方にお目にかかることが出来たのだろうと思ったことを思い出す。

写真は ウクライナ 日本 友好交流コンサート  ヴィクトリア ルキアネッツ ソプラノ リサイタル での アンコール曲目です。

4月7日 

(さらに…)

新内  紀尾井ホール

2012.3.28

文化庁補助事業 新内若手伝承者育成研修発表会

富士松小照先生と人間国宝鶴賀若狭掾の間に三人の若手

本物になる途の遠さ

“その声”を出す、出し続けて一曲を語ることは難しいことなのだ と実感

歌謡曲 唱歌風が混じってしまう人もあれば 自分の技に溺れそうだと思われる人もいる。

さて 自分の方を振り返れば 

勉強する と 習う ということの違いに気づくのもその人の持って生まれた能力 と突き放してはいけないのだ と思いながら やるせなくなる  

こともある。

※写真は4月9日太田の庭古い幹に元気な花が

3月28日  

(さらに…)

エディンバラでの展覧会

2012.3.24

7月13日 14日のエディンバラでの展覧会
スコットランドの詩人 ロバート バーンズ の詩に スコットランドに住む女医さんで芸術家のジーラさんと私がそれぞれ各々の分野の書を書くことになっている。 
ちなみに彼女にはイラン人の血が流れていてアラビア文字を書く。 
(上手に説明できないのでJila Peacockで検索してみてください。)

その展覧会の題が決まらず困っている。

会場はセントジョンズ教会です。

3月24日

さくら さくら

2012.3.23

情報通のMさんが昨日有楽町のルミネに桜があると教えて下さった。彼女は その話を聞くとすぐ見に行ったとのこと。

雨の中 大勢の人が楽しんでいる。

傍のお花屋さんで思わず小さな桜の花束を入手。

先日 プライベート テーブルマナーコースをお願いしたレストランに差し上げたらこんなふうに飾って下さった。 ありがとうございます。桜も喜んでいます。

3月23日

(さらに…)

熊谷陣屋

2012.3.7

先日小照先生の新内を聞いた後 ふと入手した切符で 国立大劇場 一谷嫩軍記

このところ 平家物語のDVDを見ているので 細かいところが解ることがあって舞台が近づく

一幕 義経の義父になった平時忠が出てくると 若い娘を嫁にやるのが惜しくて 年増の娘をやったが義経は喜んだ というのはここだ と思う。

三幕 熊谷陣屋 今までは 登場人物の中には ちょっとはしょって話が進むとよいのに 等と思ったものだが それぞれの事情がのみこめ 初めてゆっくりと話のすみずみまでを楽しむことが出来た。

 

平成6年 虎ノ門のギャラリー日鉱で ”シェイクスピアの世界を そのII” という展覧会をした時 

会社の社長さんが 豪華なパーティを開いて下さった。

シェイクスピアの劇と私の書を結びつけて たとえば 凌 という字は先生の御本には出てこない字 だったが 書としての出来がよかったので  ”私が良いと言えば良いのです” とおっしゃって 訳を凌を使う言い回しにして下さった 小田島雄志先生

その頃の事情を御存じで ホテル以外の場所でのお客のパーティには出ないことにしているとおっしゃっていらした村上信夫先生も出席してくださった。

父と私はいろいろなことで一緒にお団子状態の底に長くいた時だったが

父が挨拶で ”16年は一昔、夢だ ああ夢だ” と言った。

 

今日 團十郎丈の背中を2メートルほどの近さで見ていてその頃の父の無念さ 切なさを思った。

直実は法然上人の導きを得たそうだが 短い花道で ハッと求道者の澄んだ目つきになり ホラ貝の音に本能的に武士の反応を示し もだえながら幕に入る という そこだけで十分一場面になる名演。

長い年月同じ舞台を何度も見る幸せ 等というと申し訳ないような 観劇だった。

3月7日  

(さらに…)